小さいころ
神様なんていないって思ってた。
何回お願いしても女の子にはなれなかった。
どうして私は生まれてきたのだろう。
神様を何度恨んだことだろう。
自分が、世の中の”欠陥品”だとしか思えなかった───。
『先生、今日のプールはお休みしたいです。』
『なんだウタまた体調が優れないのか?』
『夏になってからずっと体育休んでるじゃないか?』
『体育の単位もあるから次までには体調治しておけよ。』
『はい。』
『それから髪も伸ばしすぎだ!何回注意すれば分かるんだ?先生が切ってやろうか?』
『いいえ。大丈夫です。』
『肌も白いし健康的じゃないと女子にもモテないぞ!』
『はい・・・』
先生と呼ばれている人なのに、どうしてこんなにも人の気持ちを考えないで言葉にするのだろう。
でも、もうこんな言葉も言われ続けて慣れっこだ。
『おかえり。また担任に呼び出された?』
『うん。今日の体育授業、休もうと思って職員室に行ってきたんだけど、ついでに髪の毛切れって怒られちゃった。』
『うちの担任、校則にうるさいからな。俺も夏休みに髪の毛ちょっと染めただけで呼び出しくらったわ。』
『ていうか、ウタ今日も体育休むの?』
『うん。なんだかここ最近、体調悪くて。僕もプール入りたかったな。』
『ヒロキ泳ぎ得意だもんね。』
『まあ運動くらいしか取り柄ないからな。早く体調治せよ!お前がいないとつまんないんだよ。』
『放課後、いつものゲーセン寄るから付き合ってくれよ。』
『またあのゲーセン?いい加減、視力落ちちゃうよ。』
『真面目か。田舎だからカラオケかゲーセンくらいしかやることねーんだよ。』
『まあね。それじゃ一回、荷物置きに家に帰るからその後行くね。』
ヒロキに誘われなければ1人で足を運ぶこともない所だけれど、ヒロキがいるならそれでよかった。
『ただいま。』
『おかえり。』
『今日、随分と早かったのね。』
『今からヒロキと待ち合わせしてるんだ♪』
『ほんとうに二人は仲が良いのね。』
『そういえば、さっきあなたの担任の先生から連絡あったわよ?』
『学校側から髪の毛を切るように再三、指導受けてるみたいじゃない?親御さんの方からも伝えてくださいって先生言ってたわよ。』
『そろそろいい加減、散髪いってきたらどう?』
『うん……わかってる。』
『それにまた体育の時間休んだんだって?ヒロキ君をちょっとは見習いなさい。ただでさえ体弱いんだから。運動もしなきゃ駄目よ。』
『……わかってるって。』
『わかってないから言ってるんじゃない?世の中にはルールってものがあるのよ。学校にも校則があるんだから守らなきゃいけないでしょ?』
『どうして……お母さんまでそんな事言うの?』
『どうしてって?あなたは男の子なんだから髪の毛も切って、もう少し体を鍛えなさい。』
『運動しなきゃ強くならないし先生も心配してくれてたわよ!』
自分の先行きを気にかけてくれているのなら、もっと自分のことを理解して言葉にしてほしい。
成長期に入るにつれて、自分の骨格や体型が変化してくることが怖かった。
大した運動もしていないのに筋肉がついて、身体がゴツゴツして男みたいになってくる。
声はどんどん低くなって喉ぼとけが出てくる。これ以上でてくるなって息が止まるほど首を絞めて喉仏を押し込んでも、唯々苦しいだけだっだ。
男らしくなんてなりたくないから、髪の毛だって切りたくない。
世の中の誰かが勝手に作ったルールやマナーに沿う事が、そんなに大事なことなんだろうか。
『先生もお母さんも僕の心配なんかしてないよ。』
『……え?』
今まで一番傍にいて、自分のことを一番見てきてくれたなら、先生と同じ当たり前の意見なんか言わないで欲しい。
『髪の毛も切りたくないし、身体なんか鍛えたくない!』
『!?』
『僕はこのままでいいし、このままがいい!』
理解者なんていなくてもいい。友達だって沢山いるし自分にはヒロキがいる。
学校も行きたくないし、こんな家にも帰らなくていい。
『おせーから!何モタモタしてんたんだよ。』
『ご、ごめん。親と少し話していて遅くなっちゃった。』
『しゃーないな。カズキ達も先にゲーセン入ってるみたいだし俺達も早く急ごうぜ。』
『ヒロキ…?それってタバコ?身体によくないし止めなよ。』
『お前、オカンみたいなこと言うなよ。体に害があるから辞めなさいとかタバコは成長止まるのよ〜とか、家でも口うるさく言われてんのにお前まで言うか?』
『成長が止まる…?』
『…僕にも一本ちょうだい。』
『それまじで言ってんの?ウタには似合わねーから止めとけって。』
『いいからちょうだい!』
『ゲホゲホゲホ』
『う〜全然美味しくないし、息苦しい。』
『無理すんなって。』
何度もむせながら煙草の煙を吸いこんで、頭の中がグラグラして意識が遠のいていく感覚を味わった。
『き、気持ち悪い。』
『あはは、だから止めとけって言っただろ?』
『そういや気持ち悪いって言えば、隣のクラスの山本と篠原って知ってる?』
『うん。確か柔道部の人達だよね。この間、県大会にも出場してたよね。』
『そうそう。あの二人ってやっぱあれらしいぞ。』
『あれって?』
『付き合ってるんだってよ。』
『佐々木が学校の帰り道に二人で手を歩いてるの見たんだって。』
『モーホーってやつ?男同士とか気色わり〜よな?』
『・・・・・・。』
『そ、そうだよね!男同士とか気持ち悪いよね。』
『・・・。』
『どうしたウタ?青ざめた顔して大丈夫か?タバコ吸いすぎたか?』
『帰る。』
『?』
『今日は帰る。ちょっと気分悪くなっちゃた。それにさっき親に用事頼まれてたんだった。だからヒロキはみんなと遊んできて。』
『お、おう分かった!無理すんなよ。』
自分を守るためにヒロキの言葉に否定もできなかった。
帰る場所なんてない。どこにいけばいいのかも分からない。
先生も親も親友も理解してくれる人間なんてこの世の中に誰もいない。
ただただ、涙しかでてこなかった。
神様はなんで私を創造したんだろう。
私は何のために生まれてきたのだろう。
欠陥品なんて消えていなくなってしまえばいいじゃないか。
こんな身体なんていらない。
こんな身体なんて消えてなくなればいい。
『ヘルマ、お別れのサインって一体どうゆうこと?』
『もうそろそろ次の娘のところにいかなあかんねん。世の中には昔のウタのように苦しんでる娘も沢山いるんやで。』
『ウタはもう立派ないい女や。』
『そんなことない。私はまだ全然いい女になんかになっていないよ。』
『ヘルマが背中押してくれていたから私はここまでなれたんだ。』
『これからだっていつものように色々教えてほしいよ。』
『教えてやることなんてこれ以上大してないわ。どれだけの知識を得ても自分で考えて経験せな身にはならんやろ。ウタはこれまで誰かの力をかりながらここまで来れたと思ってるのかもしれへんけど、それは違うで。』
『うちはウタの背中を押してきただけや。』
『変わりたいと思ってメッセージを送っててきたのも、勇気を振り絞って女の子の服を着て外出したのも、ウチだけの力やのうて、ウタ自身が迷いながら決断をして選択をして行動をしてきたから、今のウタになれてるんや。』
『ウタが一人で試着しにショップに行って友達を見つけたように、これからは自分の頭で考えて自分の足で動いて、なりたい自分に一歩ずつなっていけばいいだけや。』
『・・・・・。』
このまま話するのを辞めたら本当にヘルマが消えてしまいそうだから、私は必死に言葉を探した。
『ずっと聞きたかったことがある。』
『さっきヘルマも言ってたけど、悩んでいる娘なんて世の中に沢山いる。それなのにどうして、ヘルマは私の所へ来てくれたの?』
『ウタはもう忘れてしまったかもしれへんけど、小さい頃から女の子になりたいって泣きべそかきながら毎晩ウチにお願いしてきたやろ。』
『小さい頃?確かに私は神様に毎晩お願いしてた。願いは叶わなかったけど、それをヘルマは聞いていたってこと?』
『せや。人間にとってはこれまでの時間は長かったかも知れないが、うちらとっては昨日の出来事ようなもんや。』
『あの頃のウタは可愛かったな。お母さんの化粧道具使ってメイクしたんはええけど凄まじい顔面になって自分の顔、鏡で見て大泣きしてたで。』
『ヒロキ君に男同士の恋愛は気色悪いって言われた時も、家にも帰らんと河川敷で夜までずっと1人で泣きよったなぁ。』
『ヘルマ……ヘルマはそんな昔から私のこと見てくれていたんだ。私でも薄っすらとしか記憶に残ってないくらい昔のことなのに。』
『あの頃のウタは自分のことが大嫌いで、この世の欠陥品だとしか思っていなかった。』
『そんな人間を幾らうちが後押したところで変わるわけはないし、自分で変われる力もまだなかったやろ?』
『ずっと待ってたんや。ウタが様々な経験を経て成長して「女の子として生きたい」と願いを込めてウチにメッセージを送ってくる日まで。』
『…私がヘルマにメッセージを送ることも最初から分かっていたことなの?』
『うち神様やからな。人間が何を考えて行動するか、うちの長い経験から大体のことは予想がつくわ。』
『生きていた過程の中で自分の気持ちを募らせてきて、本気で変わりたいと思った人間だけがスタートラインに立てて、本当に変わることができる。』
『人生の中で人には変われるターニングポイントがあるけれど、大半の人間は見逃してしまう。』
『強い思いと行動できる力がなければ、人は変わることはできへんのや。』
『ウチにメッセージを送ってきた時には、ウタには変われる準備が整っていたから、ウチは背中を押しに来ただけのことやで。』
『私の準備が整うまで、今までずっとヘルマは待っていてくれてたんだね。』
『これが仕事やからな。』
『最後にウタに伝えたいことは、男や女以前にウタはウタであることや。』
『人の縁には出会いや別れがあったりするけれど、人生の中で絶対的に切り離すことができないものがある。』
『それは“自分“や。』
『自分をどんなに嫌いになっても離れることはできない。』
『そんな自分を愛せない人間になるか愛する人間になるかは、自分自身で決めることや。』
『ウタは今まで「女の子として生きていきたい」と頑張ってきたけれど、それは男とか女とかという枠組みの中でしかない。』
『男は男らしくとか女は女らしくとか、誰かが作った定義に振り回される人生なんてつまらんやろ。』
『自分の中に答えはある。どんな性別になったとしてもセクシュアリティに囚われずに、ウタがウタらしく生きてほしい。』
『ヘルマ。』
『まだ一緒にいたいよ。離れたくないよ。』
『毎日夕食後プリン用意するからいかないで。』
『せやな。プリン食べたいな。』
『それじゃあ…』
『冗談や。何べんも言うてるやろ。世の中には昔のウタのように苦しんでる娘も沢山いるんやで。そんな娘の背中を押すのが私の仕事や。』
『そろそろ時間やな。ウタと今までいた時間、楽しかったで。』
小さい頃、神様を恨んでいたこと謝りたいのに、今までの感謝の気持ちをもっと伝えたいのに、言葉がでてこない。
ヘルマの身体がもう朧げにしか見えなくて、今にも消えかかりそうになっていた。
『やっぱり行っちゃうんだね…』
『今までの私は、この身体を受け入れることが出来なくてどうしたらいいのか分からなくて動けなかった。未来のことを考えても先は真っ暗で、幾ら見渡してみても光なんて見えなかった。』
『でもそれは私自身が悩んで動かないでいるだけで、本当に変わろうとしてなかったからなんだね。』
『ヘルマが背中を押してくれたから、今はたくさんの光が見える様になってきたよ。』
『どんなに辛いことがあっても先が真っ暗で見えなくなっても、歩き続ければ、その先には必ず自分の知らない世界が待ってるで。』
『人生はどんなに泣いても笑っても一度きりや。これからはウタらしく生きたいように生きるんやで。』
『ありがとう。』
『ヘルマ…..。』
『私はヘルマに出会えて、本当に良かったよ。』
今までのヘルマへの想いを込めて強く抱きしめた。
キラキラとまばゆい光に照らされて、ヘルマは光の粒になって宙に消えた。
そして、部屋の机の上にはヘルマの食べかけのプリンだけが残っていた
───。
難易度
『自分らしく生きること。』
「自分らしさって一体なんだろう?」と悩んだ時は、まず自分と向き合う習慣から始めてみましょう。
自分の本来の性で生きていく事は私たちの人生において最大の目標かも知れません。
ですが、セクシュアリティ以前に
「本来の自分はどんな仕事をして、どんな風に生きていきたいのか」を自分自身に問いかけてみてください。
“はたらくこと”と”生きるいくこと”は深く関連しているからこそ、今一度、自分の持っているキャリアや得意分野を生かしながら、これから先の目標を見直してみる機会を作ってみてはいかがでしょうか。
自分自身は一生切り離せない大切な存在だからこそ、たとえ他人からどんな言葉を投げられたとしても、誰かがあなたを否定したとしても、あなただけは、いつでもありのままの自分を認めて受け入れてあげましょう。
今日から女の子になっていくために
ヘルマのレッスンを少しづつ実行してもらうことになります。
これからのレッスンは、
ヘルマの言う通りそれほど難しいものではありません。
しかし、あなたの人生を
大きく変えるほどの効果を持つものです。
これらのレッスンは人によっては簡単だったり、
難しいものだったりするかもしれません。
それでも出来ることから
少しづつでも実行してみてください。
今までの生活から一変し本来の自分を取り戻すことができます。
さあ、
それでは大きく深呼吸して、
より女性らしくなるためにヘルマのレッスンをこなしましょう。