『マジであぢいぃ〜。ウタのやつ来るの遅いから。
汗ダラダラでやばいんすけど。』
『まだいいじゃない。待ち合わせ時刻まで20分もあるんだから。』
『にしてもチサトにしては珍しいわね。事前に連絡して、ここまで段取りしてるなんて。』
『でしょ? 私やれば出来る子なんだって。』
『チサトちゃん、成長したわね。少し大人になったみたい。』
『ウタちゃんに最初出会った頃のチサトは、突発的で急に呼び出してくる事なんて日常茶飯事だったもんね。』
『あれから二年と半年くらいかしら。時間経つのって早いわね。』
『チサトさあぁぁ~~ん、
マキさあぁぁ~~ん!!』
『(ぜぇぜぇ…) ああ!間に合いました!』
『堺っちおはよ〜て。あんた、マジでその暑苦しい格好で行くの?
今、真夏よ。しかもこれからもっと暑い所へ行くっつうのに。』
『熱気で揺らめくような南国に旅立つことになっても、わたくしはこのファッションがいいのです!この炎天下をも凌駕するわたくしのロリータファッションに対する燃えさかる情熱の方が…』
『もういい!ただでさえこんな糞暑いのに!余計、暑苦しいわ!』
『・・・チサト、私、この娘初めて会うけど知り合い?』
『そうそう、ウタの友達で私の店に連れてきたんだよ。』
『堺ちゃん、私の美容室にも通ってるのよ。』
『わたくし堺と申します。チサトさんとマキさんには大変お世話になっているのです。初歩的なメイクまで懇切丁寧に教えて頂いて今ではほら?こんなヘアレンジまで自分で出来るようになったんです。いずれは中世ヨーロッパの貴婦人のような…』
『ウタちゃんの友達の堺ちゃん……?なんだかフリーダムって感じね。』
『まぁ、自分の好きなもんがあって好きなように着てんのはいいと思うけどね。本人はあんなハッピーそうだし。』
『わぁ!もうみんな来てる!』
『ウタおせーから。飛行機乗り遅れるから。』
『出発時刻まで、まだまだ時間あるから大丈夫よ。』
『ウタちゃん会う度、どんどん綺麗になっていくわね。』
『えへへ。みんなのおかげでメイクも大分、上達しました。』
ヘルマとお別れしてからおよそ2年半───。
あれから色んな出来事があった。
女性の格好で外出することもショッピングに行くことも、昔は大海原に冒険するような気持ちだったけれど、
今ではごく自然に出歩けるようになった。
それからジェンダークリニックでカウンセリングを受けて、専門の医師に性同一障害の診断書と意見書を作成してもらった。
今は1〜2週間のペースでホルモン療法を受けている。
正直、お尻に注射されるのは今でも苦手だ。
他にも、自分のことを親にカミングアウトした。
最初、お父さんは怪訝な顔して黙り込んでしまって、お母さんは受け入れられなくてショックで泣いていたけれど、
「あなたが私たちの子どもであることはこれから先も変わらないし、自分で決めたことなら自信を持って自分らしく生きなさい」
と、理解を示してくれた。
私は、息子でも娘でも、お父さんとお母さんの子どもであることに変わりはないし、生んで育ててくれたことを感謝している。
ヘルマに出会う前までは思い留まるだけで何も動けなかったけれど、
今はこうして一歩づつ、前に進めている───。
『やっぱり彼氏さんはついてこれなかったんだ?』
『御堂先輩も心配してついて来ようとしてくれたんだけど、長期間お店閉めるわけにはいけないし、みんなもついてきてくれるからって説得しました。』
『しかしウタちゃんがあの御堂さんと付き合うことになるとはね。』
『初デートしてから全然進展ないんだもの。片思いで終わるのかと思っちゃった。』
もう一つ大きな出来事があった。
それは御堂先輩と付き合い始めた事。
付き合い始めてからもうすぐ一年。
初デートから中々進展はなかったけれど、お互いの夢や悩みを打ち明けてる内に少しづつ距離が縮まっていった。
みんなに支えられて告白した時は心臓が張り避けそうだったけれど、今となっては素直に気持ちを伝えてみてよかったと思う。
その後、御堂先輩は念願だった自分のカフェを開いて、私もそのお店に勤めている。
『きっかけ作ったの私なんだから感謝しろよ。』
『あ~あ。私んとこにも白馬に乗った王子様来てくんないかな!』
『チサトは先ずその言葉遣い直さなきゃね。』
『へーい。頑張りますです!』
『バンコクに着いたらどうするの?』
『私、ショッピングモールで爆買いしたい。』
『私は仏教寺院巡りしてタイらしい雰囲気を堪能したいです!』
『とりあえず少し観光して美味しいもの食べて、元気つけとかないとね。』
『そうね。3日後はウタちゃんの手術の日も控えてるものね。』
『検査まで時間もあるし折角だし観光しよう♪』
『私事なのに、みんな着いてきてくれて…』
私はこれから性適合手術を受ける為にタイへ向かう。
ここまで長かった。
本当に長かった。
チサトちゃん達にもカミングアウトして手術について話したら、みんな暖かく受け入れてくれて旅行を兼ねてついてきてくれることになった。
正直、一人では不安だったからみんながいてくれると、とても心強い。
『いいのよ。私たちは息抜きも兼ねてるし♪ ウタちゃんの夢応援してるわ。』
『ウタさん!わたくしも全身全霊で応援してます!』
『頑張ってね。身の回りのお世話位しか力になれないけどお手伝いするわ。』
『ダチだから当然っしょ!』
『みんな……ありがとう!』
『さあ、そろそろ出発しようか!』
ヘルマに出会った頃の私は、自分に自信が持てなくて周りから変な目で見られるんじゃないか?って家に引きこもってばかりで外の世界に飛び出すことも出来なかった。
成長することを死ぬほど拒んでいたけれど、ヘルマのレッスンを受けて少しづつ変わっていく自分自身を見ていたら、どんどん成長することが楽しくなっていた。
小さな一歩でも足を踏み出し続けるだけでいい。
それだけでこんなにも世界が変わることを、ヘルマは教えてくれていたんだと思う。
「ヘルマ、元気にしてるかな?悪ふざけしていないかな?」
今回は長旅になりそうだから、冷蔵庫の中に大量のプリンをいれておいた。
ヘルマがいつでも帰ってきていいように───。
鮮やかな翡翠色の海が伸び広がる
とある南の島で・・・
『あ〜あ〜、マイクテスト、マイクテスト。』
『人生に悩み、迷える子羊よ〜。
汝求めよ、さらば与えられん。
門を叩け、さらば開かん。
愛は世界を救う。ラブアンドピース。』
〜Fin〜
『読んでくれてほんまありがとう。』
『SNSでお友達にも知らせてあげてな〜』